一番最初の挨拶から、こんな事を書くとびっくりされるかも知れませんが、実は大学入学当初から、将来一般歯科医院を開業するつもりは全くありませんでした。
歯についての研究を一生涯していたいと考えていました。その為には、大学院に入り、研究者のコースを歩もうと決めていました。
大学5年生の夏、ある科学雑誌に『これからはレーザー治療により、虫歯・歯周病は無くなり、世の中から歯科医師は必要なくなる』という事が記述された論文を読み、ショックを受けました。
私の研究課題は、何にすれば良いのだろう。
この頃、研究者として一生続けてゆくためには、口腔外科学(口腔領域の腫瘍、ガン、骨折等の手術を担う科)か、矯正歯科学(歯並びを整える科)のどちらかになるのだろうなと、漠然と思う時期でした。
大学5年の臨床実習で、実際の患者さんをインストラクターのドクターと一緒に診せて頂いた中で、次第に矯正歯科学の分野に進みたいと強く思うようになりました。
矯正歯科以外の科はマイナス(疾患)をゼロ(疾患治癒)若しくはゼロ近くに引き上げるのですが、矯正歯科は、マイナス(不正咬合、それによって引き起こされる疾患)をゼロ(疾患の治癒)だけでなくAプラス(理想の咬み合せ、審美咬合)更にAAプラス(心が明るく、ポジティブシンキング、ハッピーマインド)の効果までも患者さんにもたらす事ができるのです。しかも、人工の材料(金属やセラミック)と歯を置き換えることはしません。全て天然の自分の歯で、健康的で美しい歯の咬み合せを創造してゆくのです。
6年生の春過ぎには、矯正歯科学の大学院に進むぞという思いを心に強く刻みました。
大学6年の5月から、歯科医師国家試験の勉強と同時に大学院の受験の為に、関西大学のドイツ語の十河講師のプライベートレッスンを受け、英語は梅田の英語塾で、受験準備をすることになりました。ドイツ語は苦手で、とても苦労しました。 |
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この頃はバイトも家庭教師1本に絞り、その他は大学と家との往復の毎日でした。
大学を卒業、国家試験に通り、矯正学講座大学院に入学し、念願の研究生活が始まりました。朝は研究、昼は大学病院の患者さんの診察、病院の閉まった後に夜更けまで、実験、研究と、充実した日々でした。家と研究室の往復であっという間の4年間でした。
大学院卒業後は、大学での研究生活と、先輩の矯正歯科医院での勤務の2足のわらじを履いておりました。
ひょんな人と人とのご縁から、「治療イス2台の小さな診療所を使ってもらえませんか?」という人に出会いました。(今のオフィスから南西へ200メートルぐらいに位置していました。)
大学の研究がてらに、その成果を臨床の実践で役立てるために、週に2日開業しておりました。
この頃、自分自身の頭痛・肩こりの原因が、歯並びと関係するのではと考え、数々の研修会、学会に参加していました。
幸運にも、自分自身の悩みが消え、患者さんにも実践してみると「楽になった」「痛みが消えた」と言われる方がたくさん出てきました。
それなら、もっと多くの人にこの効果を分けてあげたいと考えるようになりました。
また、同時期に上本町の診療所の患者さんから診察日をもう少し多くして欲しいと言われるようになってもきました。
決断の時です。
矯正専門で上本町の「はしもと矯正歯科クリニック」を本格開業することになりました。
その後、14年間、その地で診療してまいりましたが、設備の老朽化で平成17年の夏に現在の場所に移転する事になり、名称もあらたに「グランツ矯正専門歯科」と致しました。
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